​森際世界の生まれた背景

 長らくかけて築き上げられた完璧なまでのインフラとライフライン。前世代から次世代へと繋ぎ続けたバトンによって人類がようやく手にしたといえる物質的に満ち足りたこの世界で、人は何故もっと幸せに生きられないのでしょうか。その答えと処方箋は雄大な自然と丁寧な暮らしの中にあるということを、本当はみんな気がついているはずです。

 

 溢れるほどのものを抱えたところで、心が満足できなければ何も持っていないことに等しくもあります。現代に巻き起こる極端なリサイクルと断捨離ブームは、いつまでも満たされない心を埋めるためにかき集めた要らないもので、空間と気持ちがいっぱいになってしまった結果です。入れては出し、入れては出しの繰り返しに疲弊しても尚止めることができないのは、自分の中が空っぽ(虚無)であることを恐れているから。心から欲していないものを無闇に詰め込み続けるのは苦しく、結果的により大きな虚無感を生むことになります。それでは一体どうすれば人は満足できるのか。どうすれば足るを知ることができるのか。それは「感動する心(五感)」を取り戻すことに他なりません。

 目、耳、鼻、口、手から紡がれる五感ですが、漫然と使っていても心は決して動きません。その動かない心のままでは、如何なる素晴らしい物も空間も経験も、すべてが空虚に映ることでしょう。当たり前に持って生まれた五感だからこそ、人として気持ちよく生きていくために大切に育み、鍛えていかなければいけないのです。

 高まる利便性の代償として身体を使う機会を奪われた現代社会においては、五感を育むことは非常に困難になってしまいました。数十年前にあったはずの走り回れた野原や泳げるほど綺麗だった川は重たいコンクリートで埋め立てられ、木々と遊ぶことのできた森林は立ち入ることのできない荒れ地と化し、すみかを無くした虫や鳥たちの声はパタリと止んだこの世界では、人の感性は死にゆくばかりです。

 自然から切り離されたのは、なにも街中や都会で生きる人々だけではありません。田舎で生きる人々ですら、今では自然との付き合い方を見失いつつあります。感動する心を取り戻す為に必要なのは、自然そのものではなく、自然との真摯なる対話なのです。畏怖の気持ち、慈しみの気持ち、側にあってくれて心地よいという気持ちは五感を意識して使えば湧き水のように静かに溢れてくるものです。幼子に至っては、意識することなくそういった気持ちを育むことができることでしょう。自然との五感を通じた対話こそが、現代人の石化しつつある心をすっと動かし、生きることをつまらなくしてしまうような虚無感に脅かされることのない、感動のある日々へと導いてくれるのです。

 あらゆることに自らの心が動けば動くほどに、世界は輝いてみえることでしょう。五感を通じて自然とお付き合いするのは難しくありませんが、少しコツが必要です。そんなコツがたくさん散りばめられた美しい場所を作りたいという強い想いから、この森際世界は今を生きる人たちの為のフロンティアとして生まれました。ここでの体験と記憶と共に、ヒントを持ち帰ってもらいたいと願っています。